君に逢いたい
「あ、一宮先輩…。」
「猿野。また来てたのか。」
十二支高校の昼休みの図書室。
3年の一宮は、今日もこの場所に足を運んでいた。
以前はそう足しげく通っていたわけではなかったのだが。
この場所で、一人の後輩に会ってから、頻繁に通うようになっていた。
それが、1年の猿野天国だった。
図書室で会うときの天国は野球部に居るときとは別人のように物静かな風貌をしている。
いつもの皆を巻き込むエネルギーを持った天国が嫌いなわけでは決してないが。
一宮は、ここに居るときの天国と会うのを楽しみにしていた。
「先輩こそ。ここんとこよく来ますね。
前はそんなに見かけなかったのに。」
天国は細いシルバーフレームの眼鏡の向こうから、微笑んだ。
天国の問いかけに、一宮は少し苦笑して。
「まあな。けど本は好きなほうだぜ?」
流石にお前に会いたいから来てるとは、言いづらかった。
煌びやかなカリスマ性を持つ同級生ならさらっと言っていただろうが…。
そう思いながら、一宮は猿野の傍まで来た。
「今日は何を読んでるんだ?」
「これっすか?」
天国はハードカバーの小説を読んでいた。
文庫本より、ハードカバーの方が好きだからと以前に言っていたのを思い出す。
『文庫本のほうがかさばらないだろ?』
『ですよね〜。でもなんか、ハードカバーのページめくるのが好きなんすよ。』
そんな事を言っていたっけ。
それにしても。
「お前ホントに読むの早いな。
昨日まで読んでたのはもう終わったのか?」
「そうっすか?」
飄々と言う天国に、一宮はまた苦笑した。
天国は思っていたよりもはるかに頭が良かった。
自分もそう悪くはないつもりだが、レベルが違う。
少し話をしてみて分かったのだが、天国は高校生レベルのことなら大抵は理解していた。
まさか野球部一のお祭り男がこのような一面を持っているなど。
直接見ている一宮のほかに、だれが知るだろう。
想像も出来ないに違いない。
「ったく。大した奴だよ、お前は。」
一宮は天国の頭に軽く触れると、自分も何か、と本棚に眼を遣った。
天国がそんな一宮をこちらも苦笑しながら見ていたことを、一宮は気づかないでいた。
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「いっちー先輩〜。」
放課後。部活中には珍しく、一宮は天国に声をかけられた。
「何だ?珍しいな、猿野。」
「じつわ〜ちょっと話があるんすよ。後でいいっすか?」
天国はいつも通りの笑顔に一瞬真剣な光をともらせた。
「?ああ。かまわないぜ。」
「よかった。じゃあ着替えが終わってからグラウンドの裏まで来てくれませんか?」
「…分かった。」
その時、一宮は少し緊張している自分に気づいた。
何かを期待しているのかもしれない自分に。
(とりあえず、牛尾や鹿目に見つかったらコトだがな…。)
幸いにも、その脅威はとりあえず見当たらなかったが。
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部活終了後になり、一宮は約束の場所に向かう。
夕日もそろそろ沈みきりそうなうす暗がりの中、天国を見つけた。
「猿野。待たせたな。何か用か?」
一宮の声に気づいた天国は振り向いた。
表情は一宮の方からはよく見えない。
「すみません一宮先輩。
えっとですね…。」
歯切れの悪い天国の言葉に違和感を覚えつつ、一宮は続きの言葉を待っていた。
さっきから感じていた、形の見えない期待を持って。
「これ…オレのクラスの女子から、一宮先輩にって。」
おずおずと天国が差し出したのは、一通の手紙だった。
天国の言葉とあわせると。
伝統的告白用アイテムであることは間違いなかった。
「……。」
だが、一宮は憮然としていた。
本来なら礼を言って受け取るべきだろう。
だが、今の一宮にはそれができなかった。
「何か、前から先輩のこと気になってたとかで…。
同じ野球部だからって、渡されたんですけど…結構可愛い子ですよ?」
天国の表情は見えない。
だが、声はいつもと変わらなかった。
そのことが、いっそう一宮を苛立たせる。
「そうか…なら、お前が付き合えばいいんじゃないか?」
一宮は、自分でも驚くほどに冷たい声を出していた。
「え…。」
「お前ならできるだろう?10分会話したら女の子のこと好きになれるとか言ってたしな。」
「そんな…あれは冗談…。」
「ああそうか。お前は鳥居が好きだったな。
オレも馬鹿なことを…言っ…。」
そこまで言って、一宮は声を止めた。
今まで見えなかった天国の顔が見えたから。
天国は、泣いていた。
「……。」
ただ黙って。涙だけが零れていた。
「お前…なんで泣いて…。」
「あ…。」
一宮の言葉に気づいたように、天国は自分の頬に触れた。
「マジで…なんでオレ泣いて…。」
その様子を見て、一宮は無意識のうちに天国を抱きしめていた。
「……せんぱ…。」
「ごめん…。」
何故天国が泣いているのかは分からない。
でも、自分のせいで泣いている事だけは分かる。
すると、一宮の腕の中で、天国は微かに呟いた。
「先輩…オレ…。」
あなたが好きみたいです。
あの図書室で会ってから、あなたの優しさを知った。
誰もが特別視するもう一人のオレを受け入れてくれた。
思っていたよりもずっと温かいあなたとの時間が、オレはとても好きで。
失いたくないと思った。
だから、本当はこの手紙も渡したくなんかなかった。
あなたに会いたかったから。
かすかな微かな言葉に。
一宮はたった一言応えた。
「オレもだよ…。」
天国はその言葉に、驚いて一宮の顔を見る。
その顔は真っ赤に染まっていた。
「先輩…顔あかい…。」
「ゆ…夕日だ夕日!!」
んなもんとっくに沈んでますって。
そう言うと、一宮は苦笑した。
すると、天国は笑って。
どちらからともなく、唇をあわせた。
今度は、はっきりと言おうか。
君に逢いたかったから ここに来たんだ。
end
終わってみると眼鏡猿ではなかったような…。
崎野栞様、とことん遅くなった挙句こんなのですみませんでしたああああ!!
純愛ですね。一×猿。
一応これの前の話として、キリ番リクエスト小説に「平凡な一日の平凡でない一時」とかいうものがあります。
なんとなくで続編になってしまい、申し訳ありません!!
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